記事018 職人たちの横顔~伊藤允康さん
2023年秋にウイスキー造りを始めた月光川(がっこうがわ)蒸留所では、いま、10人ほどの人たちが、日々仕事に励んでいます。生まれてまもない会社だけに、職人たちはそれぞれ異なる経歴を持ちながら、ここに集まり、美味しいウイスキーを飲み手に届けようと日々力を合わせて精進しています。そんな彼らの横顔に迫ります。
スポットを当てる四人目は醪管理の工程(麦芽粉砕と発酵)の主担当である伊藤允康さんです。
1983年9月に静岡県浜松市で生まれた伊藤さんは少年時代から化学が好きで、「将来は、マッドサイエンティストになりたい」と強く願い、大学も化学の道に進みました。卒業後は中部地方の製薬会社に入社。当初は仕事も面白かったそうですが、だんだんと「毎日飲んでいるお酒を徹底的に追求してみたい」と考えるようになりました。その頃、好んで飲んでいたのは日本酒とワインだったそうで、ツテをたどって国内の日本酒の蔵を巡り、徐々に日本酒の世界で働きたいとの思いを強めました。

日本酒の酒蔵への転職を考えだしたところで、「その前に、日本酒と同じぐらい好きなワインの世界も知りたくなり」(伊藤さん)、入社して5年が経過した段階で、会社を辞めて、ドイツのワイナリーに行くことを決めました。世話になるワイナリーを探し、ドイツのワーキングホリデー制度を利用して白ワインのメッカ、ラインヘッセンに行き、半年間、ブドウ栽培とワイン造りを学びました。修行が終わると、帰りはシベリア鉄道で大陸を横断して帰国したそうです。「大変充実した経験でした」と伊藤さんは振り返っています。
ただし、2011年の暮れに帰国した時には貯金も底を尽き、一刻も早く仕事を探さなければならない事態でした。ハローワークの端末に向かって、酒造会社と打ち込んだところ、真っ先に検索結果に出てきたのが楯の川酒造だったのだそうです。すぐに面接に向かい、晴れて、入社が決まりました。
楯の川酒造では5年をかけていろいろな現場を回ったところで、会社がワイン造りに乗り出すことになり、ドイツでの経験があった伊藤さんにワイン用のブドウ作りの役目が回ってきたのです。「気づいたらブドウ畑にいました。でも、やってみると、性に合いました。上からの指示を受けて粛々とやる仕事よりも、自分なりの自由な創意工夫が生かせる仕事がやりがいを感じたんです」と伊藤さんは振り返ります。
ところが、会社の経営的な事情から、数年でワイン造りからの撤退が決まってしまいました。伊藤さんは、日本酒造りの現場から離れて久しいため、どこに行かされるかと不安を感じたようですが、ちょうどそのタイミングで会社がウイスキー事業を始めることになり、月光川蒸留所に移ることになりました。蒸留開始の数か月前、2023年夏のことでした。

入社後、最初の数カ月は蒸留開始の準備に忙殺され、9月の蒸留開始後は現場の作業に追われる日々でした。そんな折、上司から、「どの作業を担当したいか」と問われた伊藤さんは迷わず、「糖化発酵をやりたい」と申告していたそうです。「酒造りで最も面白いのは糖分がアルコールに変わるところですから」と伊藤さんは理由を話してくれました。

月光川蒸留所は操業開始してもうすぐ3年になりますが、理想の醪造りに向けて、いまなお試行錯誤の部分もあり、伊藤さんの仕事は減るどころか増えています。「会社ですから、できたウイスキーが評価されて売れなければならない。自分の好きなように酒を造るわけにはいかないことはわかっています。もちろん、僕の思いは半分ぐらい入っていますよ。いま、心がけているのは醪の出来不出来が大きくぶれないよう、常に安定して合格になる醪を造ることですね」と伊藤さんはきっぱり。ちなみに、仕事を離れていま趣味として取り組んでいるのはワイン用のブドウ栽培で、「自宅から会社へ向かう途中に自分の畑があるので、よく寄ります。いずれ、ここで収穫したブドウをワインにしてもらおうと思っています。こちらは、自分のわがまま一杯で栽培しています」と笑っていました。