2026年3月 記事012 職人たちの横顔~長谷川千浩さん
2023年秋にウイスキー造りを始めた月光川(がっこうがわ)蒸留所では、いま、10人ほどの人たちが、日々仕事に励んでいます。生まれてまもない会社だけに、職人たちはそれぞれ異なる経歴を持ちながら、ここに集まり、美味しいウイスキーを飲み手に届けようと日々力を合わせて努力しています。そんな彼らの横顔に迫ります。
スポットを当てる二人目はディスティラリーマネージャーの長谷川千浩さんです。

長谷川さんは1983年、酒田に生まれました。小中高と地元の学校で学び、高校卒業後は、東京の専門学校で店舗運営などの実務を習得。就職は大手家電量販店でした。都内の店舗で6年間働いたところで、家庭の事情で酒田へ帰ることに。会社を辞めて帰るつもりでしたが、地元の店に移り、そこでさらに2年勤めた後、退社。次の仕事を見つけるまで、両親の農作業を手伝いながら、冬場は酒田市内の酒蔵の季節雇用で酒造りに携わりました。その後、社員募集をしていた楯の川酒造に応募。佐藤社長の面接をクリアして、楯の川酒造の社員になりました。2014年、31歳のことです。
楯の川酒造では、製造部門を中心に働いて酒造りを学び、楯の川酒造が全国で初めて造った精米歩合1%の純米大吟醸「光明」の開発に携わったり、リキュールの商品開発に参加しました。子会社の奥羽自慢の助っ人にも出て、ワイン造りのためのぶどう栽培も手伝うなど、「いろいろと面白い体験もさせてもらいました」。こうして、楯の川勤務が7年目に入ったころ、会社がウイスキー分野に進出すると聞き、迷わず、佐藤社長に「ウイスキー造りを始めるなら、是非、参加したい」と直訴していました。「楯の川酒造時代から、日本酒に関わるというよりは、新しいことにチャレンジすることに興味がありました。だから、何も無いところからスタートして、美味しいウイスキーを完成させる話にものすごく魅力を感じたんです」と長谷川さんは振り返ります。

長谷川さんの熱意が評価され、育休から戻ってきた2023年1月のタイミングで楯の川酒造から月光川蒸留所への転籍が決まりました。蒸留所は立地選びから建物の設計、設備の選定はすでに固まっており、長谷川さんの仕事は2023年秋に予定されていた蒸留開始(操業開始)に向けた準備でした。「なにせ、会社にはウイスキーを知っている人はいないので、すべてをゼロから学び、多くの先輩蒸留所に教えを請いながら、準備を進めました。蒸留開始後は、6人からなる製造部隊の責任者としての日々です。製造部門の責任者ですが、僕は皆をぐいぐいと引っ張っていくタイプではなく、各自に役割を分担して任せ、彼らが日々働きながら、僕に上げてくる問題解決案や改革案などについて、話を聞き、相談して決めるタイプです。同じ世代のメンバーも何人かいるので、この方が皆もやりがいを感じるのではないかと思っています」と長谷川さん。

ウイスキーは蒸留した原酒を樽に詰めてからが本当の勝負。このため、樽選びだけは自分で決めたいと考えているようです。どんな樽にどれだけ寝かすか。途中で貯蔵する樽を入れ替えたり、最終製品にする際にどのようにブレンドするかまで、商品化の道のりは長いのがウイスキーの難しくも魅力的なところだそうです。「この3月末に初めて樽で熟成させたニューボーンを発売しましたが、それでも緒に就いたばかり。シングルモルトのリリースが次のテーマですが、それさえ通過点でしかありません。この先、10年、20年と修正を重ねながら、月光川らしいウイスキーを目指して、みんなと一緒に頑張ります」と長谷川さんは決意を新たにしていました。
休みの日は、9歳と4歳のお嬢さんを相手に遊ぶ子煩悩な父親として一日を過ごし、リフレッシュしているそうです。