2025年10月 記事001 ある日の月光川蒸留所
本日、月光川(がっこうがわ)蒸留所が2歳の誕生日を迎えました。これを機に、月光川蒸留所のウイスキー造りの詳しい実態、理想のウイスキーを追い求める職人たちの横顔、今後発売される新商品の話、ウイスキーを育む山形県庄内平野の美しい自然などを、ウイスキーをこよなく愛する「月太郎」がつぶさに紹介していきたいと思います。
初回は「ある日の月光川蒸留所」です。毎日コツコツと繰り返される仕込みの様子を密着して観察してきましたのでご報告します。

まだ朝早い7時半。
爽やかな風が吹く月光川蒸留所の2階の製造事務室には、製造を担当する職人たちが朝礼のために集まっていました。
「蒸留庫は室温が高くなるので、無理をせずに休みを入れて頑張りましょう」
「新しいモルト(大麦麦芽)が入ってきましたが、まだ粉砕が安定しない。なるべく早く安定させます」などの会話が交わされたあと、屋外タンクの説明などがあって、ミーティングは終了。
続いて、朝の唱和です。
月光川蒸留所の親会社である楯の川酒造でも毎朝実施されているもので、経営理念、ミッション、ポリシー、基本方針、ビジョン、フィロソフィーなどを順番に声を出して読み上げて、朝礼は終了。

8時から作業が始まりました。
まず訪ねたのが糖化発酵室。麦汁を造る糖化槽(マッシュタン)と5つの発酵槽(ウォッシュバック)などが並んでいますが、そのうちの1つの発酵が終わり、醪を次の蒸留工程へと送り出す作業が進められていました。職人はすみやかに隣の蒸留庫に移動して、醪の蒸留の準備に取り掛かっていました。他の発酵槽をのぞくと、酵母が活発に発酵している醪や、すでに落ち着きを感じる醪までいろいろでした。発酵はおよそ4日間で、前半は酵母のアルコール発酵が主役、後半は乳酸菌による乳酸発酵が担うとのこと。
一方、発酵槽の隣にある糖化槽では、麦汁造りが始まりました。前日までに粉砕を終えたモルトとお湯がどんどん糖化槽に投入されていきます。最初に採取できる一番麦汁ができあがるまでに2時間がかかるそうです。

月太郎が作業を眺めている横からミツヤスさんがそれぞれの醪からサンプルを抽出して、分析室へ運んでいたので、追いかけるように分析室にお邪魔しました。サンプルは4種類。分析項目はアルコール度数にはじまり、醪の酸度を把握するためのpH値、糖分が十分に生成されているかを示すブリックス(ショ糖含有量)、オフフレーバーの有無を判断するのに役立つ揮発酸度、それに酵母の数などです。ミツヤスさんは、「分析の作業は日の当たるものではありませんが、とても重要な仕事です」ときっぱり言い切りながら、とても細かな作業を淡々とこなしていました。作業の途中、蒸留担当のマコトさんが入ってきて、「カットの時間です」と声をかけられたので、いそいそと2基の蒸留釜(ポットスチル)が並ぶ蒸留庫に向かいました。

蒸留庫の階段を上がると蒸留釜に付属されたスピリッツセイフというガラス窓付きの箱の前に来ます。箱の中を覗くと、水道の蛇口様のパイプから蒸留されたばかりのスピリッツが流れてきています。スピリッツは初留と再留の2回の蒸留を経てから樽詰めされますが、再留されたスピリッツのすべてが樽詰めされてウイスキーになるわけではありません。再留の初めはヘッドといってアルコール度数が高く、不快な香気成分が多く含まれるため、翌日の再留に回します。その後、状態の良いミドルに変わるので、そこからが樽詰めに回ります。できあがるウイスキーの味わいを大きく左右するこの作業をミドルカットと呼んで、アルコール度数と人間の官能評価で決めています。マコトさんは、蛇口から出てくるスピリッツをせっせとグラスに注ぎ、アルコール度数を測定。メンバー(この時は4人)はグラスを受け取って、次々とテイスティングしていました。そして、繰り返すこと、数分。メンバーがうなずきあうのを見て、ヘッドからミドルへの切り替えが完了しました。ミドルの後半には香味が薄くなるため、次の日の再留へ切り替えるカットが行われます。この再留に回す部分をテイルといい、二つの切り替えをまとめてミドルカットと呼ぶのだそうです。

10時頃に一旦休憩があり、その後、原料庫に向かいました。機械のたくましい音が響くなか、モルトの粉砕が進んでいました。階段を上って、モルトが粉砕されている目の前の箱からミツヤスさんがサンプルを引き抜きます。粉砕したモルトは粒の大きさが粗い順にそれぞれハスク、グリッツ、フラワーと呼びますが、自動ふるい機を使って、それぞれの割合をチェックします。そして、ミルを一旦止めて、工具で微調整に取り組んでいました。ミツヤスさんは「濾過層の役目を担うハスクは全体の20%ぐらいにしたいが、安易に増やそうとするとフラワーも増えてしまう。フラワーが多すぎると麦汁に濁りが出やすくなるので、その辺の兼ね合いが難しいですね」と話していました。

その後、事務室隣にあるカウンターに行くと、ナオキさんとマコトさんが真剣な表情でテイスティングをしていました。前日採取したニューポットの飲み比べです。月光川蒸留所は最近、タイプの異なるモルトも使うようになったことから、蒸留庫で行われていたミドルカットをどう変えた方がよいのかと議論が盛り上がっている時期でした。アルコール度数60度から67度の度数別に採り分けた各原酒や、これらを加水したものなどをわずかに口に含み、香りと味わいをチェックしていました。お二人とも、声をかけるのがためらわれるほどの真剣な表情でした。
12時を過ぎて、蒸留担当者から声をかけられて、再び、蒸留庫に皆が集まりました。蒸留が後半になり、徐々にアルコール度数が下がり、後半のミドルカットが近づいてきたようです。前回同様、皆がそろって、無言でテイスティングを繰り返して、皆のカット判断が決まると、それ以降のテイルはヘッドと一緒に翌日の蒸留工程に回されます。ミドルカットが決まったのが12時半近くで、これで手の空いた人から昼休みに入りました。
昼休み後は各自、事務室でデスクワークをしたり、担当機器のメンテナンスや清掃などに取り掛かり、15時を過ぎると、事務室で自然発生的にいろいろなテーマで議論が繰り返されていました。「情報共有や意識合わせ、それに自由な意見交換は毎日行われ、全員のウイスキーに対する技術向上を重ねています」とカズヒロさん。月光川蒸留所の、“ある日”ではありますが、これが毎日淡々と繰り返され、積み重ねられることで理想のウイスキーに近づいていくようです。
「ある日の月光川蒸留所」は夕方になって、皆が三々五々、家路につきました。今後は、職人たちのそれぞれの作業工程における細かなこだわりを徹底的に学び、その報告をしていこうと思います。